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蕪村の句の中でも地味な感じだが有名で優れた 句。この句の対になると思われる句が「ちりて後 おもかげにたつぼたん哉」と云うのがあって、咲き ほこる花よりも、過ぎ去った後の「亡びの美学」。 日本の美学の重要な柱が詠われている。 |
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「草の雨」なじみの少ない季語だが私は好きだ。 おそらく葵祭りの斎王さんの車のことだろう。 京都では、葵祭りが雨だと祇園祭りは晴れとか 二つの大きな祭りと雨の関係が相関して言われる ことがある。華麗な行列の過ぎた後でほっとした 気分の庶民の顔が浮かんで微笑ましい。 |
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「静寂」を表現した美しい句。細い雨は消音効果を もたらしているし、杜若の色もそれにふさわしく静か で、しかも凛としている。 有名な光琳の杜若図の対極に持ってくるのはこのような杜若でなくてはならない。 雨によって色彩の美しさを増幅させた蕪村ならではの句。 |
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水を張った田に早苗が揃った。 山から涼やかな一陣の風が渉る。 風の跡はあざやかに残っている、風の速度も見られる早苗と風で季節のエネルギーが漲っている。 |
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桜の宵も美しいが、次にくる若葉の宵も捨てがたい 既に樹形を整えるまで出揃った若葉、新鮮で健康な 香りが周囲に充ちている。 こんな宵に一人机にむかっていると、机の灯りが 窓の際にある若葉に反映されて美しい。 無為の時間に画家の目が捉えたミドリ色の画面。 |
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名もない細い川も決壊すればおそろしい、名のない 川が自分の存在を誇示している。 または、さみだれ如き水量にも身にあまる事として 喘いでいるのかも知れない。蕪村の目には一本の 小さな流れを擬人化して見られる広さがあった。 |
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