蕪村の風景



黄昏や萩に鼬の高台寺
黄昏や萩に鼬の高台寺

都の秋は紅葉だけではない。ここ高台寺は秀吉の
未亡人が世を避けて、夫の菩提を弔う寺は
萩の名所としても有名。それに鼬を何故持ってきたか
その組み合わせの意図は分からないが、何故か
ぴたりと決まった。音もたてないしなやかな動きに
呼応するように、花がこぼれる。





小狐の何にむせけむ小萩はら
小狐の何にむせけむ小萩はら

春に生まれた子狐が、あちこちと走り廻る季節に
なった。
なにが口に入ったか、しきりに咽た。
こんな些細な現象に心をとめた、犬や猫がくしゃみをする事は見たこともあるが、「むせている」状態は知らない。
現実に目にした風景ではなさそうで、画題のための構想で、小さく細やかな日本人ならではの情感
でしょう。




戸をたたく狸と秋をおしみけり
戸をたたく狸と秋をおしみけり

蕪村は狸の出るような山里に住んでいたのだろうか。
しかし実際はどうであろうと、実に見事に秋のさみしい情緒を切り取った。
曲者の狸が蕪村の傍に寄っている。
しみじみとした秋の時間が流れていく。





子鼠のちゝよと啼くや夜半の秋
子鼠のちゝよと啼くや夜半の秋

僅か半世紀前までは、人間の生活範囲に鼠も
生息していた(都会であっても)夜中にはかなげに
啼く子鼠の声はなんとなくしんみりと聞こえてくる。
夜の冷えが身体に伝わってくる、外の音は無く月
の冴えた光が部屋に届いて、布団のなかで身体
の神経も冴えてくる。





猿どのゝ夜寒訪いゆく兎かな
猿どのゝ夜寒訪いゆく兎かな

これはもう全く俳画の世界、猿と兎の取り合わせ
は日本ではごく自然なもの、お互いにいがみ合う
事もある相手だが、今夜は慰めあっている。
これも人恋しい秋の夜の情景。二人の会話の
中身を聞きたいが、多分それは童話の世界だろう。
*(この絵の兎は失敗した。この頃兎の毛は白くなって
   いる筈)。





草枯れて狐の飛脚通りけり
草枯れて狐の飛脚通りけり

この句も現実からはかけ離れた諧謔の世界。
飛脚の語をはずすと、草の秋が広がる中を、背を
金色に光らせた狐が颯爽と走る。風にそよぐ枯れ
草としなやかな走りを見せる金色の動物、
秋の静かな動画の世界。
飛脚の向かう処の「冬」はもう近い。




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