ヘッセ詩集

その2

フィエーゾレ / / ローザ嬢 / 私は欺いた / 白い雲 / 霧の中 / 幸福 / 慰め / 独り


<フィエーゾレ>
私の頭上の青空を旅する雲が
私に、ふるさとへ帰れ、と言っている。

ふるさとへ、名も知れぬ遠いかなたへ、
平和と星の国へ帰れと。

ふるさとよ!おまえの青い美しい岸を
私はついに見ることはないだろうか。

でもやはり私には、この南国の近く足のとどく所に
おまえの岸べがあるに違いないと思われる。



<夢>
いつも同じ夢。
赤い花咲くカスターニエンの木、
夏の花の咲きこぼれる庭、
その前に寂しく立っている古い家。

あの静かな庭のあるところで、
母がゆすってくれた。
多分・・・もう久しい前から・・・
庭も家もなくなっているだろう。

多分いまは草原に道が通じ、
その上を鍬や馬鍬が通り過ぎる。
ふるさとや庭や家や木については
私の夢のほか何も残っていない。



<ローザ嬢>
ひたいに光あふれるあなたを、
いとも妙な茶色の目と、

絹の髪をしたあなたを
私は知っている!だが、あなたは私を知らない。

曇りない顔をしたあなたを、
異国の甘い歌の調べを
低く奏でるやさしいあなたを、
私は愛する!だが、あなたは私を知らない。



<私は欺いた>
私は欺いた! 私は欺いた!
私は老いてはいない。生活にあきてもいない。
美しい女性といえば、きっと
私の脈拍と心をふるわすのだ。

私はまだ、情熱的な裸の女たちを、
よい女たちや悪い女たちを、
激しいワルツの華麗な拍子を、
恋した夜を、夢に見る。
(後略)



<白い雲>
おお見よ、白い雲はまた
忘れられた美しい歌の
かすかなメロディーのように
青い空をかなたへ漂って行く!

長い旅路にあって
さすらいの悲しみと喜びを
味わいつくしたものでなければ、
あの雲の心はわからない。

私は、太陽や海や風のように
白いもの、定めないものが好きだ。
それは、ふるさとを離れたさすらい人の
姉妹であり、天使であるのだから。



<霧の中>
不思議だ、霧の中を歩くのは!
どの茂みも石も孤独だ。
どの木にも他の木は見えない。
みんなひとりぼっちだ。

私の生活がまだ明るかったころ、
私にとって世界は友達に溢れていた。
いま霧がおりると、
だれももう見えない。

ほんとうに、自分をすべてのものから
逆らいようもなく、そっとへだてる
暗さを知らないものは、
賢くないのだ。

不思議だ、霧の中をあるくのは!
人生とは孤独であることだ。
だれも他の人を知らない。
みんなひとりぼっちだ。



<幸福>
幸福を追いかけている間は、
おまえは幸福であり得るだけに成熟していない、
たとえ最愛のものがすべて
おまえのものになったとしても。

失ったものを惜しんで嘆き、
色々の目あてを持ち、あくせくとしている間は、
おまえはまだ平和が何であるかを知らない。

すべての願いを諦め、
目あても欲望ももはや知らず、
幸福、幸福と言い立てなくなった時、

その時はじめて、でき事の流れがもはや
おまえの心に迫らなくなり、おまえの魂は落ちつく。



<慰め>
数多くの生きて来た年々が
過ぎ去り、何の意味も持たなかった。
何ひとつ、私の手もとに残っているものはなく、
何ひとつ、私の楽しめるものはない。

限り知れぬ姿を
時の流れは私のところへ運んで来た。
私はどれ一つとどめることができなかった。
どれひとつとして私にやさしくしてくれなかった。

よしやそれらの姿は私からすべり去ろうと、
私の心は深く神秘的に
あらゆる時をはるかに越して、
生の情熱を感じる。

この情熱は、意味も目あても持たず、
遠近の一切を知り、
戯れている時の子どものように
瞬間を永遠にする。



<独り>
地上には
大小の道がたくさん通じている。
しかし、みな
目ざすところは同じだ。

馬で行くことも、車で行くことも、
ふたりで行くことも、三人で行くこともできる。
だが最後の一歩は
自分ひとりで歩かねばならない。

だから、どんなつらいことでも、
ひとりでするということにまさる
知恵もなければ、
能力もない。




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