ヘッセ詩集

その4

うたげからの帰り / 愛人への道 / 少年の五月の歌 / 交響曲 / 幼い日 / せつない日々
/ チョウチョウ / あなたを失って / 最初の花 / うたげの後


<うたげからの帰り>
またしても、うたげははかなく果て、
私は胸苦しくもだえつつよろよろと、
凍てついた野を歩き、
家に帰りつけないかとさえ思う。

おお、苦痛の陶酔よ、
歓楽の杯の砕ける時、
私は、半ぱな喜びに耐えるより、
おまえを心の中に抱いていたい。

苦痛であるにせよ、うたげであるにせよ、
哀れな魂は、ただもう
最悪のものと最上のものだけを抱いていたい。
この魂は熱情のゆえにこそ燃えるのだから。



<愛人への道>
朝はさわやかな目を開き、
世界は露に酔って輝いている。
金色に世界を包んでいる
若々しい光に向かって。

森の中を私は行きつつ、
足ばやな朝と、まめに
歩調を合わせる。
朝は兄弟として私を迎えてくれる。

真昼は、暑く重く
黄色い麦畑で、
私がせっせと通りすぎ、
奥の方にやって行くのを見る。

静かな晩になったら、
私は目ざすところに着き、 昼のように、燃え尽きよう、
おまえの胸で。いとしい者よ。



<少年の五月の歌>
おとめらは
美しい花ぞのの中で遊ぶことができる。
金色の柵がまわりにある。
男の子らは
うらやましそうに柵のふちに立ってぬすみ見し、
あの中にはいれたら、と考える。

この美しい花ぞのの中は
清く明るい光にあふれ、
そこにいる人はみな心たのしげだ。
ぼくたち、男の子らは待たなければならない。
大きくなり、若い紳士になるまで、
中にはいることはできない。



<交響曲>
砕ける暗い激浪から沸き立つ
生命の多彩などよめき。
そのかなたには、いつも変わらず、
星辰の高い丸天井の家。

私の命は沈みはて、
私は世界のはてに漂い、
深く酔うて、火花吹くそよ風の
甘い火を呼吸する。

それからのがれるやいなや、
生命の不思議の火が
無数の歓喜をもって、私を
新たに大きい潮の中に洗い去る。



<幼い日>
おまえは私の遥かな谷間、
魔法にかけられて、沈んでしまった谷間。
いくどとなくおまえは、私が苦しみ悩んでいる時、
おまえの影の国から私に呼びかけてくれ、
おまえのおとぎ話の目を開いた。
すると、私はしばし幻想にうっとりとして、
おまえのもとにもどって、すっかり我を忘れるのだった。

おお、暗い門よ、
おお、暗い死の時よ、
私のそばに来るがよい。
私がよみがえって、
この生の空虚の中から
私の夢のふところに帰るように。



<せつない日々>
なんという日々のせつなさ!
どんな火によっても私はあたたまらない、
太陽も私にはもうほほえまない。
何もかもがうつろで、
何もかもが冷たく、つれない。
やさしく澄んだ星さえも
慰めるすべもなく私を見つめている。
恋もまた死ぬということを、
しみじみと知った日から。



<チョウチョウ>
私は野を歩きまわった。
すると、私は一羽のチョウが
青い風に吹かれているのを見た。
チョウはきわだって白く、また濃い赤のまだらだった。

おお、チョウよ!世界がまだ
朝のように澄んでいた子供のころ、
まだ天があんなに近く感ぜられたころ、
おまえが美しい羽を
ひろげるのを見たのが最後だった。

中略

白と赤のチョウは
野の方へ吹かれて行った。
夢み心地で先へ歩いて行くと、
天国からでも来たような
静かな輝きがあとに残った。



<あなたを失って>
私のまくらは夜、私を
墓石のようにうつろに見る。
ひとりでいること、
あなたの髪をまくらにできぬことが、
こんなにもつらいものとは思わなかった。

私は家の中にただひとり、
つりランプを消して伏し、
あなたの手をつかもうと、
そっと両手をのばす。
そしてあつい口を静かに
あなたの方に押しつけ、思うさまキスする

突然、私は目をさます。
すると、まわりはしじまな冷たい夜、
窓に星がきらきらと光っている
おお、あなたの金髪はどこに?
あなたの甘い口はどこに?
いまは私はどんな喜びの中にも、悲しみを、
どんなブドウ酒の中にも、毒を飲む。
ひとりでいること、
ひとりで、あなたなくていることが、
こんなにつらいものとは、ついぞ知らなかった



<最初の花>
小川のそばで、
赤いつぼみの柳にならって
このごろ
黄色い花がたくさん
金色の目を開いた。
とくに純真さを失った私の
胸の奥で、一生のかぐわしいうら若い日の
思い出がよみがえって
花の目の中から私を明るく見つめる。

私は花をつみに行こうと思ったが、
今はすべての花を咲くにまかせて、
家に帰って行く、老いた人として。



<うたげの後>
食卓からブドウ酒がしたたり、
ロウソクはみなひときわ悲しげにゆらぐ。
私はまたひとりぼっちだ。
また、うたげは終わった。

静かになったへやべやの
あかりを、私は悲しく一つ一つ消して行く。
庭の中の風だけが憂わしげに
黒い木立と語っている。

ああ、疲れた目を閉じるという
この慰めがなかったら!
いつかまた目ざめようという
願いを、私はもう感じない。




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