山頭火(さんとうか)




あまりにも有名な、というより山頭火を
象徴した句である 。
乞食の行とはいえ漂泊の旅
自分の悔恨と懺悔、自己追及、自責等々
山頭火の旅はいろいろなものを
引っさげての苦行だった。
後ろから眺めた別の目には苦渋の色が満ちていただろう。






たった七文字、
晩秋の夜の静寂 そして孤独
その静寂と孤独に耐えるともなく端座
削り、また削りして生まれたものではない
聴覚だけを澄まし、他を忘却した姿そのもの
こんな夜、なにを考えどんな夢を見るのか。




しぐるるや道は一すぢ

自分のうしろ姿をみつめる山頭火
しかし行動は、前に進むことだけ
生きるために乞食の行を続ける。
両手に、背にも自分の業をくくりつけて
一筋の道を行くのみ。





しぐるるや死なないでいる

死にきれない事への辛さととれば
死場所を探しての旅。
すでに死にそうな状態ならば、
生きていることへの
よろこびとの解釈できる
いづれにしても 『死』につながる山頭火の業は
しぐれによって洗い流れるものではない。





しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

山頭火は しぐれの音をきき、
一本の道を辿りしぐれの山に入る。
里のしぐれより、
山のしぐれはより寂しくより哀れ人によっては
死の山に入る心地だろう。
山頭火の思考は山に入りより鋭く、
深くへ進む。





しぐるる土をうちおこしては播く

前の五句とは全く異なるここでの「しぐれ」は
生であり、 生産である。
播くのは麦か、春野菜の種か、農作業の風景か
しかし、しぐるる土はおのれ自身
打ち起こすのは自身の行の課題。
いずれにしても「しぐれ」は季節の風景ではない
山頭火の精神の背景だった。




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