山頭火(さんとうか)




冬の季節よく目にする景色
雲が動くとやがて消えてしまう一瞬の「生」
この光に対して枯れた山は自分自身
「それだけ」と突き放したところに、
やや捨て鉢ともやり切れなさもうかがえる。






どんな風だろう。硬質で冷たいことは間違いない
いつも、句から句の裏にある山頭火を観る
はたして、それは良いことか
もっと素直に眺めることでよいではないか
この句なんかも、そんな気持ちで見ていると
背筋に寒さがつたわる。




しぐるるや道は一すぢ

生死の姿の枯れ山
しかしそんなきびしい風景のなかにも
生をつなぐ水が残されている
これも自然の暖かい恩恵
有り難く頂戴している山頭火





しぐるるや死なないでいる

やり場のない孤独、寂しさ
そんな静けさの中を切り裂くように
熟し柿がおちる
かすかな音を残して、重なる落ち葉の上で潰れた
かすかに残した音は命の最期の音。





しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

死にたくもなし、生きたくもなし、と云って
現実を肯定して満足している訳でなく
感覚もなく空洞化しているようなこの身体
もはや生や死も超越しているかも。
そのハザマを風が、これまた無表情に 通過していく。





しぐるる土をうちおこしては播く

前句とちがって、少なくともここでは生死がある。
現実の、自然の雪が降っている訳ではない
自分の中の生と死の意識の中に降るのだ。
不気味に静かに、冷たく、間断なく降る
冷え切った淋しさと、寂しさに積もることなく降り続ける。




戻る
メニューへ
次へ