山頭火(さんとうか)




外はどんな状況なのか、風だけか、雪まじりの風か
旅先での寂寥に満ちた夜の時がながれる。
この句の主格は音、
音の存在だけが山頭火と繋がっている。
まったく形のない存在の「音」
この「音」が風の存在と戸の存在を連れている
「音」に絞ったところに、枯れきった山頭火の寂寥がある。






「望郷」。ふるさとはいつも暖かいとは決まっていない
山頭火のふるさとは、雨だったり家の跡さえなかったり
苦い思いばかりだったろう
ふるさとを遠くに見ながら迂回していく
そこには堪らない寂しさと孤独がある。
その山頭火に雪が降りかかる
自然とは念のいった手法をとるものだ。




しぐるるや道は一すぢ

このシリーズの「2」で出た
「また見ることもない山が遠ざかる」
この句と表裏の意味を成しているようだ。
過ぎ去った道はすでに過去。といって
前に続く道が明るく希みに道であるはずもない
ただ、ただ今があるだけ
過ぎたものは早く捨てたい。
前へ前へ自分をころがして、自己確認
自己確認に値する自分だろうか。





しぐるるや死なないでいる

きびしい句ばかりの山頭火にも
こんなにのんきな句がある。
「 山頭火」といった基準からみれば
外されてしまいそうなのどかさ。
しかし、こんな情景に目を留めるところに
人間としての姿が見えて安堵する。





しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

葉牡丹の句も水仙も正月の句、
水仙が考える筈もない。
すでに山頭火は自身の怠惰に気がついた
考えているのは、自分に他ならない。
自分の姿を一輪の水仙に置き換えた
まだまだ山頭火は健康だった。





しぐるる土をうちおこしては播く

怠惰な時間、倦怠の時間
一輪の水仙はお気の毒にもそれを見ていた
山頭火の精神は、このままこの時間の中に
埋もれていくのか。
しぼんだ状態を確認した山頭火
これから再び本来の自分に帰るか。
これだけ自分を投影させた水仙もしぼんだ。




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