山頭火(さんとうか)



捨てきれない荷物のおもさまえうしろ

山頭火の句には笠がよく出てくる。時にはとんぼを
とまらせ、しぐれをいち早く感じ、漏る雨に嘆き、行乞
の道具以上に皮膚の一部にさえなっていただろう。
しかし、一歩退いて見ていると滑稽な場面だ。椿が
落ちる偶然、偶然下を通る山頭火、偶然の重なり。
笠へ落ちた花は転がって地上に落ちる。面白い。





月の水をくみあげて飲み足って

いつも前へ歩く山頭火もよく振り返る。
そこには山が、まっすぐな道が、しぐれるみちが
振り返る動作は確認の動作、と寂しさのあらわれ
黒ずんだ葉群れに点々と赤い花、
地味だが強い生命力を感じる風景
山頭火の足を進める原動力になったか。




ここにふきのとうがふたつ

めずらしく呑気な句だ
この句には、裏も表も斟酌は出来ない
ただ素直にそよ風のなかで佇んでおればよい
この様な句があるからこそ、
また本来の 山頭火の句が生まれる。
山頭火の視線は空の遠くにある。





ふるさとは遠くして木の芽

行乞の旅のさ中にあっても心は落ち着かない
所在定まらない心を抱いて旅はつづく
行雲流水とは旅そのもの、人生そのもの。
落ち着かないで急ぐのは「死」への行進だった。





どこかに月あかりの木の芽匂うなり

はかない命の蝶が飛ぶ。
しかし、「いらか」が法堂の屋根だとなると
仏法に寄り添うはかない命となる
こんな重いことを象徴しているのだろうか
ただ単に、のどかな寺園の一刻と見るか
平仮名ばかりなのが、私は好きだ。





庵はこのまま萌えだした草にまかそう

酒好きの人らしく酒の句は多い
しかし白楽天をはじめ多くの人たちの酒ではない
自堕落な自分に対する強い悔恨。
酒という魔物。
酔いざめは魔物から開放されたわけではない
本当は花が散るように「酒の業」が、
わが身から離れてほしい。
山頭火のこの花は決して美しいものではない。




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