山頭火(さんとうか)



酔いきれない雲の峰くづれてしまへ

泥酔のあと、酒に負けたあとの悔恨と自己嫌悪。
これは酒飲みでないと分からない。まして天高く
盛り上がった雲の峰に見下されては、わが身の
置き所もない。





蝉もわたしも時がながれてゆく風

時もながれる、風もながれる。その中に短い命の
蝉が存在し、また短い命を、生きているのか、死
んでいるのか分からない自分が流されている。
山頭火だけではない、全てが風の様に正体もなく
流れていくのだ。




どこかで頭のなかで鴉がなく

鴉、死の周辺の鳥、死の色をまとい、声は不吉に
響く、「どこか」でも「頭のなか」でもない啼いている
のは自分の心の中だろう
死を望むのか、生を諦めたのか、鴉の声はどんな
声で啼いて欲しいのか。





真昼かなしきおもひわく日輪たかし

白昼、影のない不思議な世界、それと、この時刻に
限って音の消える一瞬がある。白日の下に在り乍ら
不思議と孤独感に襲われる。これは私のインドでの
体験、おそらく山頭火の「かなしきおもい」も同じ思い
だったか。





なにやらかなしく水のんで去る

乞食の行の旅程で、水の存在はいつも把握しておく
必要があった。水と、水を飲むことの句は多い。
「かなしい水」とは不思議な表現だが、かなり落ち込
んだ心理状態だったか。
この辺り「漂泊の人」らしい良い句だと思う。





水音とほくちかくおのれをあゆます

大抵の人は水の音に心癒される。
平静な心で、耳にとどく音だけを聞き歩みを進める。
この様な状態で旅が進めば云う事はないのだが、次
にはこの平静さそのものが、悔恨と慟哭に替わる。
この相反する「揺れ」が山頭火という人の句全体を
覆っているのだ。




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