能・夢現(ゆめうつつ)


その2 景清

一人の伴をつれた少女が鎌倉からはるばる日向の国の宮崎までやって来た。風の便りに聞いたまだ見ぬ父を訪ねて。この少女の名は人丸といった。

「不思議なことよ。この古びた庵は誰も住んで居そうもないが声が聞こえる。一度聞いてみようか」
「この藁屋のかたに、お尋ね申す。流され人の行方をお聞きになってはいませんか」
「その流され人とは苗字はなんと申されるのでしょうか」
「その方は平家の侍、悪七兵衛景清と申されます」「その様なことは聞いたことがありますが、このように盲目なれば見たことはありませぬ」
「人丸さま?? もっと他所でたずねてみましょうか」



「不思議なことよ、わが子とはいかに。昔、尾張の熱田にて一人の遊女と馴れ親しみ一人の子をもうけたが、女の子ゆえに鎌倉の長に預けていた。それが〜、一緒に暮らしたこともなく、親子のなさけも知らぬ筈なのに、父にむかって言葉を交わすとは。名乗らなかったことがせめてもの娘にたいする親の情け。」



「このあたりにお住まいの方でしょうか」
「いかにもここの里に住むものですが。なにか御用でしょうか」
「平家の侍、悪七兵衛景清様を尋ねているのですが」
「いま、こちらへ来られた、あの山陰の藁屋に人は居られませんでしたか」
「その藁屋には盲目の乞食が居られましたが」
「そう? その盲目の方こそお尋ねの景清ですが、あれ不思議なことよ、景清のことを申したら、あのお方はなんと悲しそうなご様子に」
「ごもっともです。それでは隠さずもうしあげましょう。この方は景清様のご息女ですが、一度父君にお会いしたくはるばる此処まで参られました。どうか景清様にお引き合わせいただけないでしょうか」
「なんとまあ驚きました。景清のご息女でしたか。では心沈めてお聞き下さい。」


景清は,両眼を失い仕方なく髪をおろし琵琶法師となり「日向の勾当」と言われ旅人に琵琶の語りを聞かせ、又は里人の憐れみをうけて露命をつないでいる。昔にひきかえてあまりの有様だった。


「のう? のう悪七兵衛景清は居られましょうか?」
「ああやかましい事よ、故郷の者が訪ねてきたが、この状態ゆえに身を恥じて名乗らずかえす悲しさもしらず悪七兵衛などと呼んで私が答えると思ってのことか」
「景清、われらより先に尋ねてきた人はあったでしょう。」
「いやいやあなたより他に尋ねてきた方はない」
「なぜ偽りを申されましょう。まさしく景清の息女と申されたお方がお尋ねになっているのに何故お隠しなさる。あまりにも憐れなゆえにここへお連れしました。? さあ父御に御対面なされ」
「恨めしいことです。雨風も露霜もしのいでここへ参りしも無駄になることの空しさよ、親の慈悲も子供によって異なるのでしょうか。」
「親子と名乗りあったならば世間にも知られてしまう、それで名乗らずに別れたのだ。恨みに思わないでくれ」
里人「娘御のお願いがございます」?
「何事でしょうか」
「屋島であった景清の奮闘ぶりをお聞きになりたいそうです」
「これは少女に似合わぬ頼みと思うが、これまではるばるやってきた志、あまりに不憫とおもうので語り聞かせよう。この物語過ぎれば故郷へ帰したまえ」



寿永三年、三月下旬の事、平家は船、源氏は陸に陣を張って互いに勝負を決せんとしていた。
平の能登の守教経の言うには
「去年の室山、水島,ひよどり越えに至るまで一度も勝ちなきは、これ義経の謀り事の巧みさによる。どうしても義経を討つべし」

景清「義経とて鬼神ではない、命すてる気なら易いこと」
とて陸にあがれば、源氏の兵、討ち洩らすなと駆け寄り乱戦となる。景清、名乗り名乗り走り続け三保の谷十郎に追いつき生け捕りにせんと兜をつかみえいやっと引くとシコロ(兜の後ろ端)が千切れ景清の手に。三保谷十郎逃げ延び後ろをみて
「さても恐ろしい奴よ、腕の強さよ」
といいければ、景清「おのれの頸の骨の強さよ」とお互い笑いあって左右に分かれた。


「勇猛だった昔のことは忘れなく語れるが今は心も身体も衰えて恥ずかしい。
この世に生きることも長くはなく、つらい命もあと僅か。早く故郷へ帰って弔いを頼む。盲目の暗き道を照らすともし火として。私はここに留まるぞ」

「それではわたしは行きまする」
お互いこの一声を残して。これがお互いの形見になった。





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