能・夢現(ゆめうつつ)


その3 安達が原

紀州・那智の東光坊の修行者の祐慶と同行者たちが諸国 行脚の旅にでた。陸奥の安達が原にさしかかったころ秋の 日は暮れかかり辺りに人家は見当たらず野をわたる風のみ。 やうやく一軒のみすぼらしい小屋に火のあかりを見つけ そこに宿を乞うと小屋の主らしき女は一度は断ったが,他に 術もなく
「願わくはわれらを哀れみて一夜の宿を貸したまえ」
「私でさえ嫌だとおもうこの庵に」
と言いながらも、戸をあけて中へ迎えいれる。



庵の中はなにもなく、ただ莚を敷いただけのものだった。 茅のむしろには他の草もまじる粗末なもので
「旅の床とは言えど、これはわびしすぎる」と寝つかれないままに部屋 の隅の糸くり機をみつけ、女に糸繰りを見たいと頼む。 女は
「あさましい事です。折角人間に生まれながら、糸をつむぎ、夜なべまでして糸をつむぎ世わたりの術に、身を 苦しめねばならない。」
そしてなお女はいまの境遇を嘆き、 僧の祐慶はそれを諭す。
「あまりに、夜寒になってきました。上の山へいって薪を とってきますので暫くお待ち下さい。」
と立ち上がる
「あ、そうそう、私が帰るまでこの寝室の中は決して開けないで下さいまし」




「さても殊勝なお方だ。こんな人里はなれた所に住む人 の慈悲心とは。こんな夜中に山へ行き薪を取ってきて人を 暖めてやろうとは。」
「旅は情け、人は心と言うが情けが なくては修行は成り立たない。
「しかしそれにしても、ここの主は他の女人とは変わりなんと なく物凄い感じがしないか」
「ことに、山へ行く時に寝室を開けるなと言った、なんとも 不思議なことよ」




自分の抱いた好奇心に勝てなかった僧の一人がそっと 着ていた茅莚をはずして寝室の粗末な扉を引いた。 驚天の光景が眼前にあった。
「起きて下さい。今この部屋を隙間からのぞくと、膿や血が 流れ出し、臭いは部屋に満ち、死体はふくれあがり、表面 は腐りきって、その数は軒下あたりまで積みかさねてあり ます。」
「さては、安達が原の黒塚に鬼こもれりと歌にも詠まれて いるが、ここのことだ。おい 逃げろ」




心も惑い、肝も消え? どこへ行くかもわからぬまま、足に まかせて逃げ走る。
「あそこに逃げるは客僧たち、あれほど隠していた部屋の なかを、暴かれた?? この恨み晴らさでおくべきか。背負って いた薪をかなぐり捨て、猛烈な形相は胸を焦がす激しい炎、 野風・山風が吹きすさび・稲妻が天地に轟き鉄の杖を振り 回し、一口に取って食わんと追いかける




僧達は踏みとどまり、一心こめて祈り出す。
東方の降三世明王?? 南方のぐんだり夜叉明王 西方の大威徳明王?? 北方の金剛夜叉明王中央の大日 大聖不動明王と唱えつずいてその真言を声限りに、全霊を こめ、一心不乱に祈り続けた すると今までは怒り狂う鬼女がたちまち弱りはじめ、身を 屈め、眼はくらみ、足元はよろよろと、
「安達が原に隠れ 住んでいたがこの様にあさましい姿を見せてしまった。恥ず かしいわが姿かな」
と嘆く声もなお物凄く凄まじい夜の嵐の音と共に立ち去っていった。





その二へ メニューへ
その四へ