能・夢現(ゆめうつつ)


その5 鉄輪

夜ごと貴船の宮に参る女が、今夜も貴船川沿いに足早にやってきた。
「蜘蛛の巣に駒をつなぐことは出来ても二道をかける浮気な男をつなぎ止めることは出来ない。と知りつつもその悔しさと苦しさに耐えられない、生きている甲斐もない。いっそ生きている間に報復させてほしい」



貴船の宮に仕える神官
「不思議な夢を見ました。都より女の丑の刻参りにやってくるその女に今日見た夢の中での神のおつげを知らせて語ろうと思ふ。
おお やはりやって来た。
今夜あなたのことを夢にみました、夢のとおりあなたはやって来ました、今夜より後はお参りする事は無いとおもいます。
その訳はあなたが鬼になりたいとの願をおかけになっておられますが、今夜お帰りになって身には赤い衣をおつけになって、顔に朱を塗り,頭には鉄輪をつけその三本の足には火をともし、怒る心を持つとたちまち鬼神となられるでしょう。 急ぎお帰りなってお告げのとおりなさいませ」




「これはおもいもよらぬ不思議な仰せですこと。
私のことではないでしょう、多分人違いなさっているのでは。」
「いや、いや、尊いご神託です。貴女のことです急いでお帰り下さい。この様に話している間にもだんだん恐ろしく見えてきましたが。」




「しかし不思議なお告げでした。」
家に帰った女は貴船の宮の神官の話に従った。
話よりも早くたちまち色替わり気色かわり、今までは美しい女だったが黒髪は逆立ち口は裂け眼も釣り上がり恨みの鬼となり替わった。
「よしっ、あのつれない男にこの恨みを思いしらせてやらねば。」




「私は下京に住む者ですが、この間から続いてまことに恐ろしい夢が私を苦しめる。一度有名な安部の清明のところへ参りこの夢を占ってもらおうと思う。」と清明のもとへやって来た。
清明の前へ坐るなり清明は
「これは女の恨みを深く蒙っている人だ、殊に今夜のうちに命危うく見える。そうではありませんか。」
「その通りです、この間、本妻を離別して新しい妻を娶りました。」
「その様に見えます。しかしその先妻は神仏に祈る数が多すぎて私の術では叶はないかも知れませんよ。」
「どうぞ、是非とも御祈祷をお願いします」
清明は祭壇を整え一心不乱に祈りはじめた。不思議な気配がただよい始めた。雨降り風止み,雷、稲妻次第にはげしく、御幣もはげしく振れ身の毛もよだつ恐ろしい気配に満ちた。




「恋の身の  浮かむことなき加茂川に  沈みしは水の  青き鬼 われは貴船の  川瀬の蛍火」
「捨てられて  捨てられて  思ふ思いの  涙に沈み  人を恨み  ある時は恋しく  または恨めしく  起きても寝ても  忘れぬ思いの因果は今ぞと・・・・・・」
鬼となって現れた女は後妻の髪を手に巻いて鞭にて打ちつづける。次に憎き男を取って行かんと枕辺に寄れば、恐ろしや御幣に続き三十三の神に守られて
「鬼神、魍魎けがらわしや、出でよ出でよ」
と責めてくる。
責められて悪鬼の神通力の勢いも絶え、力もよたよたと巡るばかり。
「駄目だ。時節を待とう、この度は引き上げよう。」
既に声は聞こえても姿は見えぬ鬼となってしまった。





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