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ある日、一艘の小船が浜に着いた。赦免船だった。都では高倉天皇の后・清盛の娘、徳子の出産が迫っていた。 清盛は安産祈願のため諸国の流人を赦免した。それで此処鬼界が島にも赦免状をたずさえてはるばるやってきたのだ。 |
赦免の使いは清盛の赦免状を読み上げた。しかしそこには、成経と康頼の二人の名のみ。俊寛の名はなかった。 「なにとて俊寛の名をば読みおとすか」 |
「あなたの名はござらぬ、赦免状をとくとお読みあれ。都にて承ってきたのも成経と康頼のお二人のみであった。俊寛一人は島に残せとの命令であった」先にみた書状を繰り返し繰り返し、読み返し読み返し、裏をも返し読めど、ただ成経と康頼の文字のみにて俊寛とも僧都とも書いた文字はなかった。 これは夢か夢ならば覚めてほしいもの、と赦免状を投げ捨てて泣く俊寛の姿は憐れであった。 |
「罪も同じ罪、配所も同じ配所、なのに荒磯にただ一人、ここは鬼の棲む島、今生の冥土なり。たといいかなる鬼とてもこの憐れさは分かる
だう。」
使いのものは二人を舟に急がせる。 俊寛は康頼の袂を掴むがつき 離される 「おおやけのことの中にも私情があってもよいだろうが、せめて向かいの 地まで情けで乗せてくれ」 俊寛は舟のとも綱に取り付き叫んだ 情け知らぬ舟人は櫂を振り上げ打たんとした。 さすがに命惜しんだ俊寛 は手をはなした。 その隙に舟は浜をはなれた。 俊寛は渚に崩れた。 「なんとも痛はしいことよ、われら都へ帰ったならば、良きように取り計ら う故に気を強くもって帰洛の時を待たれよ。」 |
「待たれよ、待たれよ。」の声もいつか届かなくなってしまった。 あとに残るは白波ばかり。 <曲はここで終わる。> 後日談舟が去ってどの位経っただろうか、都から俊寛の弟子が娘の手紙をたずさえ島にやってきた。その後、俊寛は食を断ち余命を終えた。島には俊寛の墓があってその脇に弟子の墓もあるそうな。清盛の娘徳子は無事出産したが、その子の安徳天皇は波の底に沈んだ。 |
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