能・夢現(ゆめうつつ)


その7 清経

壇ノ浦の敗戦ののち源氏は追討作戦に出た。平家はちりじりに九州の各地に逃げ延びた。大宰府の戦に破れた清経は豊後の国まで落ちのびたが、
「しょせん助からないもの、雑兵の手にかかって死ぬより潔く」
と海へ身を投げて自ら命を断った。
舟に残されたのは一束の髪、家来の淡津の三郎はこの遺髪をもって都の妻のもとを訪れた。
(清経は平の重盛の三男、当時二十一歳、すでに妻帯し妻を都に残しての出兵だった。)




うち続く平家の敗戦に、都に残された平家の一族は住み慣れた屋敷をあとに人目をさけて隠れ住むこととなった。
「なに、身を投げてむなしくなられたと。恨めしいことよ、せめて討たれたとか病で空しくなられたならば、少しは恨みも晴れるものを」
妻は茫然自失したが夫への思いはつのるばかりだった。
「見るたびに思いが募り心苦しめる髪ゆえに、宇佐の八幡にお返ししましょう」
妻は夫の生還を祈念して宇佐八幡に願をかけていた。



その後。涙に暮れる日々、涙と共に夫を恋したう夜がつづく。せめて夢の中でも逢いたいものよ、夢というものは頼りになると言うではないか、
「うたた寝に 恋しき人を見てしより 夢てふものは 頼みそめてき」(小野の小町)



「不思議なこと、清経さま、身を投げられた方が、これは夢だ、しかし夢であってもお姿がみえるだけで有難い。」
「何故、形見の髪をお返しになったのか」「見るたびに、心が乱れる髪ですから」
「せっかく送った形見を返すのは貴女の恨みなのか」
「私の恨みは貴方が捨てた命へのもの。生死を共にと誓った筈なのに」
互いに愚痴・不満は尽きない。これも愛しあう二人のはかない会話。清経は身を投げるに至った状況を話す。宇佐八幡に参籠したが見放された御神託。寄せ来る源氏の話など。



源氏から逃れるべく小さな舟で波間をさすらい続ける身の哀れ。
沈み果てんと思い切り、舟の舳先に立ち上がり腰より横笛を抜いて澄んだ音色で吹きつつ、西に傾く月に私も共に連れてくれよと頼み最後に南無阿弥陀仏弥陀如来と唱えて舟より消えた。



西海に繰り広げた源平の戦いと、数多の命の死後に堕ちゆく世界を波が洗い潮が流していった。二十一歳の若武者と都に残した妻との恋も共に。(揚羽蝶の紋は平家の家紋)





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