能・夢現(ゆめうつつ)


その8 桜川

九州・宮崎の貧しい女をたずねて人買いの商人が訊ねてきた。
「これは桜子の母の方でしょうか。これを届けてくれるように桜子から頼まれて来ました」
と身の代金と手紙をおいて出て行った。
「この頃の暮らしの貧苦のありさま見るも悲しさに身を売りて東国にくだります。このお金で仏道に入り出家して下さい。」
「いかに貧乏でも子をみれば慰みにもなるものを、ただでさえ住みつらいこの里に、いまは耐えて住むことも意味はない。 私の信じる木花咲耶姫の氏子なるものを。神よ桜子を留めたまえ」
半狂乱に泣き叫び迷い出て行く。




私は常陸の国、磯部寺の僧です。またここに居る幼い僧はいづこから来たかはしりませんが私を頼ってきたので師弟の間になりました。桜川の花がいま盛りとのこと、今から出かけようと連れ立ってきました。
里人が現れ
「遅いお出かけでしたな」
「お供がふえたのでな」
「しかし見事なものよ、あちらこちらも今が盛り」
「花は今が盛りでございます。又ここに女物狂いが居りまして、美しい掬い網をもち桜川に流れる花を掬い狂い舞いますが、なみ外れて面白いのです」



流れ早き春の水、流れる花をや誘うらん
花散る水を尋ねくれば山には春はなくなりと聞く、
少しなりとも休らはば、花とは無縁の
散りつもった花の雪景色
桜花、散りし風の名残には水なき空に花の波
思いも深き花の雪
散るはなみだの桜川



「この物狂いの故郷は九州の日向の者、失った子を探して遠くここまでやって来たらしいのです。親子の道とは言うものの遥かな旅だったでしょう。」
別れた子の名は桜子、ここは名も懐かしき桜川。散りて浮く花の雪を汲みてみずから花の衣の
春の形見残さん



見れば山風が奥山の花を誘っているようだ。
「流れぬ先に花掬はん
花の水かさは白妙の、波かとみれば上より散る
桜か、雪か、波か、花かと、
浮き立つ波の、川風に、
散れば波も桜川、流れる花を掬はん
一樹の陰、一河の流れ汲みて知る名も桜川
願いのとどかば桜子の他生の縁とぞ賜らん」



狂人の言葉聞けば不思議なことよ
親子の契りは健在よ、「桜子をご覧あれ。」
もとの姿は変われども、さすが見慣れし子の面影
「桜子、桜子」
夢かうつつか嬉し涙。
「ならば共に立ち返られよ。母を助けて仏法を学び立派になりなさい」
親子の縁とは不思議とも有り難き道であった。





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