能・夢現(ゆめうつつ)


その9 鵜飼

千葉の清澄から甲斐の身延山へ参る旅僧が石和(いさわ)にやってきた。
「これは、この所の方か。行き暮れています、一夜の宿をお貸し下さいませんか。」
「それは易いことですが、この所では固い掟がありまして旅人に宿をお貸しするのは禁じられています。」
「出家のことです。どうぞお貸し下さい」



「困ったことです、何か方法があれば。
そうだ。あそこに見える川の突き出た所のお堂にお泊りになってください。私の建てたものではありませんが、あそこなら差し支えありません。
しかし、あそこは夜な夜な光るものが上がると言いますので気をおつけになって下さい」
「ありがとうございます。法力をもって泊まろうと思います」




鵜船にともすかがり火の消えた後の闇こそ悲しけれ
殺生という情けない仕事と後悔していても、月の夜を嫌い闇になる夜を喜び、鵜使うことの面白さに殺生を繰り返しわが命をつなぐことに懸命になっている。




堂の中
「私は鵜使いでございます。」
「お見かけするところ、かなりのお歳とお見かけしますが、その様な殺生な仕事をお止めになって他の仕事をされては」
「仰せはもっともですが、若い頃よりこの仕事にて身を繋いできましたので今さら止めることは出来ません。」
「あなたを見て思い出したことがあります。 ここ二・三年前にこの川下で、鵜使いにあって殺生戒について諭したところもっともと思ったのでしょう、鵜使いの家で接待を受けたことがあります。」
「おお、その時の坊さんでしたか、その鵜使いは亡くなりました」




「結局、この仕事ゆえに亡くなったのです。そもそもこの石和川ではこのところの上と下三里は固く殺生禁断の所と決められています。この川下の所は鵜使いの多い所ですがその中でこの川上まで上ってきて鵜を使うものが居ました。数人の鵜使いが彼を捕まえようと忍んでいたところ、彼は知らずにやって来た。彼らは「一殺多生」の理屈から、
「こいつを殺せ」と殴りかかる
「その様な殺生禁断の所とは知りませんでした。今後は決して致しません」と手を合わせども聞かれず、遂に簀巻きにされ川に投げ込まれてしまった。
この歳老いた人こそ簀巻きにされた鵜使いの亡霊だった。




「哀れなことよ、」
僧は河原の石を拾いあげ一つの石に法華経の一文字を書き、次々と書きつづけ川に沈めていった。
たとえ悪人なりとても、慈悲の心を先にして僧に一宿の功徳をしたならばこそ、その縁で佛果・菩提に到ることになった。






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