能・夢現(ゆめうつつ)


その10 殺生石

従者をつれた旅の僧が那須野(栃木県)にやってきた。
「伴の者は疲れたか。」「はい、少々疲れました」
「あそこに 何かいわくありげな大きな石があるが。」
「あれ・あれ・あれ・」
「おまえは何を言っている、気でも狂うたか」
「ご覧なされ、あの大石の上を飛ぶ鳥が急に落ちて石の辺りで息絶え ました」
「何とあの石の辺りに鳥が落ちるとか」
「 まこと に不思議なことよ。も少し近くで 確かめよう。」
そこへ女が現れる
「もしもし、その石の近くに行ってはなりませぬ。これは那須野の殺生石といって,人間はもとより鳥・畜類まで触れば命を落とす恐ろしい石と言われているものです。」




昔、仙洞御所の鳥羽の院に仕えていた「玉藻の前」といった少女がいた。特に美しく、また内外の書にも仏法にも、世の諸法にもよく通じた賢女であった。
なぜ、その美しい少女が、仙洞の後鳥羽院の寵愛を受けたのか。なぜ、この那須野の石にかかわるのか。




ある時、帝は清涼殿にて公家や殿上人の中で管弦の上手な人を集めて宴を催しされた。頃は秋の宵。
俄かに雲ゆきおかしく、時雨まじりに吹きすさび、御殿のともし火は消え人々が松明をもとめ立ち騒ぐ中に、玉藻の前の身から光が四方に放たれ清涼殿の中はさながら月光に満ちている様になった。
しかし、このときから帝は急な病で伏せられ、医師の診たてや処法も効かず安倍の泰成をお呼びになり占いさせると
「これは、玉藻の前のせいである。国王の体制を傾けるために化けて来ている、ただちに調伏の儀式にかからなければ」




正体を見られた玉藻の前、いまは都には居られずと天に響きあがり、ただひと飛びに飛び越えてこの国に渡りこの那須野に棲み隠れております。(玉藻の前の正体は、仏法の敵、外道羅刹の使い、二つの尾を持つ巨大な狐だった。)




その後、都より勅使がこの地に使わされ、土地の守護職の三浦の介と上総の介の両名に狩の命令を下された。
二人は一族を動員し狩装束で三日三晩那須野を狩りつくしたが目あての狐は現れなかった。ある者ふと上総の介の馬の腹をみると、小さく化身した狐が取りついていた。かの者は狙いすまして射落とした。早速退治の成功を都に伝えた。
帝は無事に平癒された。




しかし、玉藻の前の怨念はこの石の中に留まった
「それにしても貴女は細部までよくご存知ですが、どんなお方ですか?」
「私は以前は玉藻の前、今は那須野の殺生石、その 石魂です。」
「成仏の気持ちがあってこの様に現れ言葉を交わすのか。 ならば引導成仏して進ぜよう。」
「木石に心はなしといえども、草木国土悉皆成仏と聞く 時は、もとより仏体備わるものなり。」
と花を手向け香を焚き、石にむかって仏事を行う。
石は二つに割れた。
「不思議だ。光の中でよく見れば狐の形がありながら、ほんとに恐ろしい人間の形だ」 「有り難きことかな。今、有り難き御法を頂きこの後は 悪事を致すことあるべからず」と固く誓い終わると 亡者の姿は消えていた。






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