能・夢現(ゆめうつつ)


その12 自然居士

京都、東山の高台寺あたり、応仁の乱で焼失した雲居寺の跡。若いまだ剃髪していない修行僧が、雲居寺再建のために十七日間の説法をしていた。今日はその最終結願の日だった。




ひとりの少女が進み出て美しい小袖を捧げた。見ると文が附けられていた。
「亡父母の霊、速やかに成仏を。ここに身の代衣一重ね、三宝に供養し奉る。天竺の貧女が一衣を僧に供ぜしは、来世を願うもの。私も早くこの世を逃れ出で、父や母と同じ台に生まれんことを。」
この美しい小袖は少女が身を売って購ったものだった。
大勢の聴衆もみな涙を流した。



そこへ荒々しく男達があらわれた。
「俺たちは東国から来た人買い商人だ。今回も都で数多くの女を買った。昨日もまだ14〜5の女を買ったが少しの暇をやったのがまだ戻らぬ、親の追善とか申しおったが多分自然居士の説法にでも来ていないか。おお此処に居たぞ、早く来い」
聴衆たちが「行かせないぞ」
「何っ、こちらは連れて行く道理があるんだ」
居士は「身の代衣とはその様な意味だったのか、彼らには道理がある。この衣を持って行き女を連れ帰るぞ」
「それでは、いままでの説法が無になりませぬか」
「今日の説法はこれまで。仏道修行の身なれば、身を捨てて人を助くべし」



「おおーい、話があるぞーっ」
「この舟は矢橋の渡し舟とちがうぞ、何の舟か判ってるか」
「人買い舟に用がある。私は自然居士と申す、説法の場を邪魔された恨みを言いにきた。」
「我々に矛盾はない。」
「矛盾があるから来たんだ、とにかくこの衣を受け取れ」
「くそっ、いまいましい、僧の姿なら打つことも出来ない、その女を打て」
「打たれても声も出ないとは。もしや既に亡くなったか」
起こしてみると、身には縄、口には真綿でくつわ。
「おお、もう安心していなさい。連れて帰りますよ」



「自然居士、舟より降りなされ、」
「このものを、お返し下さい、小袖を受け取られたならば損はない」
「いや、われら仲間では、人を買い取っては、再び返さない掟があるんだ」
「われらにも掟がある、この様に身を捨てたものを助けなければもとの寺へ帰れないといったものだ。東国の陸奥に帰っても私はこの舟から降りない。」
「強訴するぞ」「強訴とは捨身の行、如何様にも」「命とるぞ」「命取られても絶対に降りない」



「よくよく考えると、人買いに来て自然居士を買ってきたと言われれば物笑いの種、しかしただ返すのも無念、いろいろなぶってからにしようか」
「早く舟よりお降りくだされ」「おお、船頭の機嫌が直ったか」
「今度、都へ上ったが、自然居士の舞のことを聞いた。ひとさし舞なされ」「大体、自然居士は舞など舞ったことはない」
「それは偽り、説法の時に聴衆の眠気を払わんと、舞われたことは東国まで伝わっております。」
「舞わばこの者、お返しいただけるか」「いや舞を見てからだ。」



志賀・唐崎の一つ松、つれなき人の
心かな・・・・
舞は始まった。
「ササラをすって、舞なされ」「ならば竹をお貸しくだされ」
「舟中に竹はがざらぬ」「いいでしょう」
自然居士はササラの子には百八の数珠、ササラの竹には扇の骨、
さざ波や,さざ波や志賀唐崎の松の上葉をさらり・さらりと・・・・
「次は鞨鼓を打ち給え」
もとより鼓は、波の音寄せては岸をどうと打ち・・・・
ササラを擦り、鼓を打ち、戯れながらも法の道、居士は一心に舞う 舟の中より連れ出して都へ帰った。





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