能・夢現(ゆめうつつ)


その13 野の宮

旅の僧がやって来た。僧は和歌にもたびたび出てくる嵯峨野の秋とその風情を尋ねてきたのだ。
「これは野々宮の旧跡らしい、黒木の鳥居(原木のまま組み立てた鳥居)に質素なたたずまい、こんな良い季節にここを訪れるとは有り難いこと、お参りして行こう。しかし心が澄むような夕暮れである」




僧が昔をおもい心澄ましていると、森の陰から一人の女性が忽然と現れた。
「いかなる者とお尋ねですが、あなたこそ何方でしょうか。ここは昔、伊勢の斎宮に立たせたもうたお方の,仮の住まいの野の宮です。九月七日はまた昔を思い出して、宮所を清め神事をなそうとしているところ。御僧などが来られては迷惑です、早くお立ち去り下さい」




「光源氏がここへ詣でたのは九月七日の今日でした。その時お持ちになっていた榊の枝を垣の内に差し置かれました。(男は入れない)六条の御息所は「神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがえて折れる榊ぞ」と詠まれました。
「少女子があたりと思えば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ」(光源氏の心としては榊の葉の色のように、私の心も昔のままです。と云った意味をもっている)
紅葉も散り、うら枯れの草葉に荒れる野の宮の、跡なつかしき此処で長月の七日が今日また廻り来た。はかなげな柴垣や、火焚屋も幽かで,淋しい仮住まいですこと」




六条の御息所とは桐壺の帝の弟君、(東宮)の后。仲睦まじい夫婦であったが、東宮は亡くなられた。一人の姫と二十歳の后を残して。六条の広い邸に住む彼女は教養深く美しく貴族のあこがれだった。光源氏が結局射止めることになったが、やがて葵の上を正妻として迎え御息所への足は遠のいた。
御息所は屈辱に耐え切れず、一人の遺児の姫が斎宮に選ばれたのを機に一緒に伊勢へ下ろうと決意して、野の宮で潔斎していたのでした。




加茂の御祭りの時お供に選ばれた光源氏を一目見ようと、洛中の女御達が競い合っている中に、御息所も目立たぬように網代車で来ていた。
そこへ正妻である葵の上の車が意図的に割り込んできて網代車はぼろぼろに壊されてしまった。誇り高い御息所はこの辱めに耐えられなかった。
其の後、葵の上は物の怪に憑かれた中で出産しますが狂死します。その姿は御息所に似ていた。
その後も御息所の、生き霊や死に霊は紫の上や女三の宮にも取りつきますが、本人にはその様な意識はない。




「昔を思う花の袖 月にと返す気色かな 野の宮の月も昔や思うらん影淋しくも森の下露」かくて恐ろしい女の、恋とその執念は「源氏物語」
の中の一つの流れになって物語を進めていく。今、嵯峨野のにも季節は流れるがこの様な物語を知ると一際思いが深まる。






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