能・夢現(ゆめうつつ)


その14 鵺(ぬえ)

出家し放浪している一人の僧が熊野詣でのあと、和泉の国から摂津に入り海岸に沿って葦原にやってきた。
夜も近くなり里人に一夜の宿を頼んだが、禁制のためと断られやむなく近くのお堂に泊まることになった。
「不思議だ、夜が更けていくこの浦にかすかに浮かんでいるようでもあり、沈んだ埋もれ木のようでもある。しかし、妙な気配である」
「舟の形はありながら、ただ埋もれ木のごとく乗る人影も定かならぬおや、不思議な者がいる」




「不思議の者と仰るが、あなたはいかなるお方でしょうか」
「いや、ここの里人たちが、不思議な舟人が夜ごとに来ると騒いでいるが、見ればこの話と少しもかわらぬ。不審な人よ。」
「ここの里人とは、塩を焼く海士人でしょう、それがなぜ不思議ですか」
「海士人の仕事もせず暇ありげに夜ごと出てくるとは、やはり不審でしょう。」
「暇ありげなことは謂れあることです。私は憂さのために心休むひまもなく、潮にながされ棹をさすこともなく流されてきました。有難いことに貴方さまは出家の身、法の力をお願いします。夢か現か一夜寝て私の心の闇を弔ってください。」




「それにしても人間とは見えず、如何なる者か」
「私は、近衛天皇の御世、源の頼政によって命を失った鵺の亡霊です。その時の有様をこれから語ります。どうぞ跡をお弔いくださいませ」
「そうか、鵺の亡霊か。跡はねんごろに弔う、詳しく話したまえ」
鵺の亡霊は語り始めた近衛天皇の仁平の時代(1151〜54)幼い天皇は毎晩、訳のわからぬものに悩まされ続けた。霊験のある有名な僧侶が集められ、繰り返し秘法を行ったが効果はなかった。幼い天皇の病状はきまって丑の刻であった。内裏の東南より黒雲が立ち来たり、御殿の上を覆うと必ず怯えが始まる。公家たちが集まって協議を始めた
「多分、変化のものの仕業、武士を集めて警護させるべし」とて、源平の武士の中から源の頼政が選ばれた。




源の頼政は家来の「猪の早太」という者一人を連れて参上した。
自分は鋭い矢二本と、重籐の弓をたずさえ御殿の床にて丑の刻を待った。
いつもの如く黒雲が御殿の上を覆いはじめた。
頼政、きっと見上げれば、黒雲の中に妖しきものの姿が見えた。
弓に矢をつがい、南無八幡大菩薩と心に念じ、弓を放った。
手ごたえは確かにあった。




猪の早太がすかさず飛び出し、九回にわたり突き刺した。
火を灯し、妖しきものの正体を改めて確かめると、頭は猿、尾は蛇、胴と手足は虎、鳴く声は鵺(鳥の一種)に似た恐ろしくも醜い姿の怪獣だった。
其の後、天皇の怯えの病は無くなり快復された天皇は宇治の左大臣を通じて、「獅子王」と名づけた剣を頼政に授けられたが、その時、ほととぎすが一声鳴いて通り過ぎた。
大臣は「ほととぎす 名をも 雲井に上ぐるかな」と仰せになる。
と頼政は「弓張り月の   射るに任せて」と続けた。
頼政は「武」の勇士だけでなく「文」にも通じた歌人でもあった。




其の後、この怪獣はくり抜きの空舟に載せられて流された。
流れ流れてこの浦にとどまり朽ち果てることになった。
話を聞き終わった僧は読経を続けた。

ー『このあと鵺が成仏したとは書いていない。仏法や王法の障りとなるものは月も日もささない闇の中に押し込めて封じてしまい、空舟に乗せて浮世を漂わせることにしている』−哀れかな






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