能・夢現(ゆめうつつ)


その15 花筐(はながたみ)

ここは越前の国味真野(武生市)。都を遠く離れたこの地に武烈天皇の皇子が住んでいた。
皇子は毎日花を摘んで、伊勢神宮を拝んでいたがある日、都の父、武烈天皇の使いが来て、皇位継承のためにただちに都に登らねばならないことになった。
皇子には日ごろ寵愛していた照日御前と云う美しい少女がいた。たまたまこの日は照日は暇をもらって里へ帰っていた。
皇子は毎朝使っていた花篭に文を入れて使いの者に里へ届けさせた。




照日は使いの者から文を受け取り「わが君、皇位につかせ給い御めでとうございます、しかしこの年月の御名残いつの世にも忘れません。名残惜しいことでございます、私のことを忘れずにこのように文を残していただいて。」
『誘われ行く雲の上、廻り逢うべき月影を秋のたのみに残すなり頼めただ、袖触れ馴れし月影の、しばし雲居に隔てありとも』
「書かれた文字の跡も悲しい、この花篭を見るのも悲しい」
花篭と文を抱いて里に残った。




皇子はめでたく皇位を継承し継体天皇となられ、大和の国・玉穂に宮を造営され御世は栄えた。
「そこへ行かれる旅のお方、都への道教えてくだされ。」
「おう、もの狂いか、捨てていこう」
「物狂いでも心に思うことがあるから聞いているのに」
「あれ、雁が渡っていく。そうだった、秋にはいつも雁は南へ渡るのでした。私も共に都へ連れて行って。昔、唐の国の蘇武と云うお方は旅の雁に文を託して南へ送ったという有名なお話があるでしょう。私も文をもって都をめざしています。」




都では既に帝となった皇子が、今日は紅葉の御幸とて隊列を整え大路を進んでいた。
一方、照日はやっと都に着いた。
隊列の先頭で行幸の露払いをしていた官人たちは、一人の変な女を見つけた。都の女ではない田舎の女、しかも物狂いらしい。
官人たちは集まってきてその女を立ち退かせようとした。
「そこを退くんだ」
持っていた扇で文の入った花篭を叩き落とした。
「何をなさる、君の花筐を打ち落とされるとは。」
「なんと狂女、君とはだれのことか、」
「私が狂人だからといって、知らぬと思はれるのか、応神天皇五代の孫武烈天皇の御子、今は継体天皇。めでたき君の御花筐を打ち落とすとは。そなた達こそ私より狂人でしょう。」




女は続けて、 「ああ恐ろしや、恐ろしや、世は末世とはいうものの、まだ散りもしない花筐を荒っぽく叩きおとして。天の咎め、罰が当たって私のように気が狂ってしまうでしょう。」
なおも女は続けた「君の面影は身に添いて、筐までもお懐かしや恋しや君を慕ってここまで来たものの、乱れ心のために隔てられてしまう、乱れ心は君のためなのに。やっと都にきたのに君は程遠い」と叫び泣く。
官人が寄ってきて「いや、狂女、帝の宣旨である。御車に近くきて面白く舞いなされ。」女はこの時とばかりあでやかに舞った。




「宣旨であるぞ、その花筐を帝に参らせよ」
あまりのことに胸塞がり、恥ずかしながらと差しあげる。
「帝はご覧になった。間違いなき御手に慣れた花筐。同じく残した文の面、狂気をなおして元のごとくなりなさい、身近に召し使うであろう。」
と宣旨をくだされた。
ありがたやおん恵み、おもえば大事に保ってきた筐(形見)の徳、二人が共に時節に廻り逢うことができたのもこの筐の徳。恋しき人の手慣れしものを「形見」言い始めたのもこの時から始まった。紅葉の御幸も時過ぎて、紅葉葉飛び交う中を還幸された。


このシリーズで困ったのは時代考証です。武烈・継体の御世とは聖徳太子の時代、服装も髪型も全く違います。能の背景になった平安から室町の時代のものにしました。上村松園の絵にも「花筐」を題材にしたものがあってこの絵の服装も平安時代の少女のものでしたので。





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