能・夢現(ゆめうつつ)


その16 舟橋

二人の修験者がはるばる熊野から、ここ上野の佐野に(現、群馬県高崎市)やってきた。
若い男女がやってきて、「私達は橋建立の勧進をしています。どうぞ御寄付をお願い申し上げます。」
山伏「見るところ俗体のあなた達が橋建立の志、やさしいお心です。さてもこの橋はいつごろから渡された橋でしょうか」
「万葉集に(東路の佐野の舟橋とりはなしー)とありますがご存知ありませんか。」
「ああ、親に仲を裂かれた物語ですか、その古い舟橋の主を助けんがための勧進でしたか」
佐野に流れる鏑川が流れている。川の向こうに朝日の長者、こちらに夕日の長者が住んでいた。




朝日の長者には一人の男子が、夕日の長者には一人の女子があった。二人の子供は成人した。ある頃から朝日の長者の息子は夕日の長者の娘に心を寄せるようになった。
朝日の長者の息子は夜な夜な忍び通った。
両親は、心配も悔やみもした。あの橋があるからだ。
親は橋の板をはずして渡れないようにした。
冴え渡る夜、更け静まった丑みつどき、寒き川風も厭わず心躍らせて橋をわたりはじめた。途中まで来て息子の影は消えた。




橋のこちらでは夕日の長者の娘が待っていた。
橋の向こうにおぼろに見えたいとしい男の影が途中で消えた、不審に思った彼女は胸騒ぎを抑えることが出来なかった。突然走り出した。
娘のおぼろな姿も途中で消えた。
春の深夜の一瞬の出来事だった。




川に沈んだ若い二人の魂は身を責める、なお恋に狂乱し、恋慕の思いに焦がれゆく。
三途に沈み、三途の川橋の人柱に立てられ悪竜、悪鬼の気配にかわりゆく。
氷のごとき冷たさと磐石の重さに責めたてられる。




再び修験者の言葉、
「 不思議だ、幽霊だな、可哀想にいまだに恋慕の業が強い、早くその執心を捨てなされ。 そしてなお自分たちの今までのことを懺悔しなさい。懺悔によって罪も雲のように消えて 真如の月も出るでしょう。」




娘の亡霊は「ありがたや、三途に沈んだ身ですが修験者の法力によって舟橋のように浮かぶ身になった」
男のほうは、なお苦しみの地獄の様子を話し続けた。しかし最後に仏法の功徳を信じ浮く身になった。


現代では、橋の板をはずした親の行為こそ非難されるべきもの。その犠牲になった若い二人が地獄の責め苦に会わねばならないとは非情な話。しかしだからこそ歌の題材に、また画題にもなったのかも。





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