能・夢現(ゆめうつつ)


その19 -隅田川

隅田川の渡 少年が行きしを東へ渡ったところで一人の少年が 行き倒れた。少年の年頃は十二〜三歳、東国の人買いに連れてこられたが、慣れぬ旅路の疲れ、かなりの病だった。無慈悲な東国の人買い商人は、そのまま放置して去っていった。土地の人たちが憐れにおもい、いたわり介抱したが、ただ弱りに弱りすでに末期とみえたので、少年に、生国と、父の苗字を聞いた。少年は息もかすかに
「私は、都、北白川の吉田某の一人子で、父に先立たれ母に育てられたが、人商人に攫われてこのようになりました。都の人が懐かしい、都の人の姿が見えるこの地に埋めて下さい。そしてしるしに柳を植えて下され。」そのあと念仏を唱え、こと終わった。憐れなことだった。




隅田川の西の渡船場。旅人が「おーい、その舟に乗せてくだされ」
「どうぞ、どうぞ。それはさて置き、なにか騒々しいではありませんか。」
「そうです。都よりの物狂いが来て面白う舞うのですよ」
「それなら物狂いが来るまで、待ちましょう」
「私ものせてくだされ」
「あなたは、いずこへ行かれる人かな。」
「私は都より、人を尋ねて下るものです。」
「都の人といい、狂人と云い面白く狂うて見せてくだされ、狂はないなら、乗せませんよ」
「名にし負はば、いざ言問わん都鳥、わが思う人はありやなしやと(伊勢物語)われもまた、いざ言問はん都鳥、わが思い子は東路にありやなしや」
「なかなか殊勝な狂女だ。急いで舟に乗りなされ。」



「この辺りは急流です、静かにしていて下さい」
「渡し守、あの向かいの柳のかげに、人だかりしているのは何でしょうか」
渡し守は一人の少年の憐れな顛末を語り始めた。奇しくも今日は、少年の亡くなった一年後の命日だった。
「お見受けするところ、都の方々もおいでの様子、ゆかりのない少年のことですが、念仏でも唱えて弔ってやって下され。」
舟は着いた。



「やあ、そこの狂女、舟は着きましたよ、早く降りなされ。」
「渡し守、今の話はいつのことでしょうか。」
「去年、三月の今日のことで」
「その子の歳は」 「十二歳」 「子の名は」 「梅若丸」 「父の名字は」「吉田のなにがし」 「その後は誰か尋ねてきましたか」 「いいや誰も」
「親類も、親も尋ねぬことも道理です。その幼きものこそ、このもの狂いが尋ねるわが子。ああこれは夢か、浅ましすぎる。」
「これは驚いた、今までよそ事かと思っていたが、あなたの子でしたか。これはおいたわしい。」



悲痛な母は、子のしるしの前に、力なく臥せた。
「今までは、ただ逢うことだけを頼りに、この東路まで下ってきたが、今はこの世になき跡のしるしばかり、東の果ての、道のほとりの土となって、春の草茂りたるこの下にこそ、梅若丸が。 この土を掘り返していま一度、この世の姿を見せて欲しい」



「今はなんとお嘆きになっても、甲斐なきこと。ただ念仏をお唱えなさい」
既に月も出て川風が吹いている。夜の念仏になった。母はあまりの悲しさに、念仏さえ唱えずただひれ伏すばかり。
「母の弔いこそ、亡者の喜ぶところ、鉦を打ち念仏を」
わが子の為と聞いて、鉦を打ち始めた。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、」隅田川の波風も声揃えて、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
名にし負はば都鳥も声をそろえて
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「おお、今の念仏の声はわが子の声、この塚の内から聞こえた」
「私達も聞こえました。私たちは止めましょう。母御お一人でお唱えなされ」
母は塚に向かい念仏を続けた。声の内より、まぼろしに見えた。これはわが子か、母上か、互いに手をとり消え消えに、面影も幻も見えつ隠れつするほどに、はや暁の明け行く。わが子と見えしは塚の草、憐れなるかな。





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