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隅田川の西の渡船場。旅人が「おーい、その舟に乗せてくだされ」「どうぞ、どうぞ。それはさて置き、なにか騒々しいではありませんか。」 「そうです。都よりの物狂いが来て面白う舞うのですよ」 「それなら物狂いが来るまで、待ちましょう」 「私ものせてくだされ」 「あなたは、いずこへ行かれる人かな。」 「私は都より、人を尋ねて下るものです。」 「都の人といい、狂人と云い面白く狂うて見せてくだされ、狂はないなら、乗せませんよ」 「名にし負はば、いざ言問わん都鳥、わが思う人はありやなしやと(伊勢物語)われもまた、いざ言問はん都鳥、わが思い子は東路にありやなしや」 「なかなか殊勝な狂女だ。急いで舟に乗りなされ。」 |
「この辺りは急流です、静かにしていて下さい」「渡し守、あの向かいの柳のかげに、人だかりしているのは何でしょうか」 渡し守は一人の少年の憐れな顛末を語り始めた。奇しくも今日は、少年の亡くなった一年後の命日だった。 「お見受けするところ、都の方々もおいでの様子、ゆかりのない少年のことですが、念仏でも唱えて弔ってやって下され。」 舟は着いた。 |
「やあ、そこの狂女、舟は着きましたよ、早く降りなされ。」「渡し守、今の話はいつのことでしょうか。」 「去年、三月の今日のことで」 「その子の歳は」 「十二歳」 「子の名は」 「梅若丸」 「父の名字は」「吉田のなにがし」 「その後は誰か尋ねてきましたか」 「いいや誰も」 「親類も、親も尋ねぬことも道理です。その幼きものこそ、このもの狂いが尋ねるわが子。ああこれは夢か、浅ましすぎる。」 「これは驚いた、今までよそ事かと思っていたが、あなたの子でしたか。これはおいたわしい。」 |
悲痛な母は、子のしるしの前に、力なく臥せた。「今までは、ただ逢うことだけを頼りに、この東路まで下ってきたが、今はこの世になき跡のしるしばかり、東の果ての、道のほとりの土となって、春の草茂りたるこの下にこそ、梅若丸が。 この土を掘り返していま一度、この世の姿を見せて欲しい」 |
「今はなんとお嘆きになっても、甲斐なきこと。ただ念仏をお唱えなさい」既に月も出て川風が吹いている。夜の念仏になった。母はあまりの悲しさに、念仏さえ唱えずただひれ伏すばかり。 「母の弔いこそ、亡者の喜ぶところ、鉦を打ち念仏を」 わが子の為と聞いて、鉦を打ち始めた。 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、」隅田川の波風も声揃えて、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」 |
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名にし負はば都鳥も声をそろえて 「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」 「おお、今の念仏の声はわが子の声、この塚の内から聞こえた」 「私達も聞こえました。私たちは止めましょう。母御お一人でお唱えなされ」 母は塚に向かい念仏を続けた。声の内より、まぼろしに見えた。これはわが子か、母上か、互いに手をとり消え消えに、面影も幻も見えつ隠れつするほどに、はや暁の明け行く。わが子と見えしは塚の草、憐れなるかな。 |
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